ネタバレを避けようとしてねじれたかも……? モーツァルトが曲を作る時ではなく、弟子志願者を見る時の判断基準みたいな感じでした。

手塚治虫のルードウィヒ・Bというベートーヴェンを描いた絶筆作品で、モーツァルトは作曲をスラスラこなす奴はゴマンといる、と与えられた主題をどれくらい展開できるかを重要視していた。

聴力が落ちないか極度に心配し過ぎてヘッドホンたまにしかしない派です(それも開放型)。それによりベースラインを味わえないので、ヘッドホンを付けないと聴こえないベースに意味はあるのか、なんて酸っぱいぶどう論を拠り所としております。

ちょっと前に出た、有名DTMerを騙って新曲を出す子がいるという話、白土三平の忍者漫画を連想して不謹慎だけどちょっとワクワクする(?)

たまに電子音楽の生演奏系音源で、曲が盛り上がる所で急にオクターブ下になってガックリする時がある。音域や演奏しやすさの問題は、演奏する側になってみるとよく分かるのでもどかしい。ちょっと話はずれるけど、真夏の夜の夢序曲の2回目が下がって演奏されるのが、気持ち的には上げて演奏して欲しいみたいな思い。下の音域に移って盛り上げるって難しそう。それとも耳が未熟なのか……。

Dweller’s Empty Path 耳コピ所感
・ニゴイチもしくはシゴイチ連発は結構ドラマティックになる。
・sus4の4が半音下ではなく全音上に行くのも中々良いもの。
・ギターでコード付けするとついつい押さえ易いコードに流れてしまうが、原曲コードを重視すると難しい押さえ方になる事がある。一弦Dのメロディに、4としてGmaj7を付けた箇所が2のEm7だったりした。<- 7 9 7 8 10>はちょっと小指がギリギリなので開放弦に頼った方が良いのかもしれない。

Tonnetzはコードは分かり易いけれどスケールを見ようとすると目があっちゃこっちゃ行くので、スケールの追いやすさを加味した。色んなTonnetzを書いたけど、結局オリジナルを拡大したものに行き着いた。あとは使い易ければ安心。

equitonというネットで見知った記譜法と点字を組み合わせた、以前考えた没記譜法。トーンクラスターは記述し易いが、微分音は記述できず、楽譜の大きさは増え、コードの記譜の不変性も無く、何より点字として読めない。この後点字楽譜に回帰し、abc譜に至る。

五線譜を普通に買うとお小遣いではちょっとまかなえないんで、ルーズリーフの五線譜を愛用していました。遠い昔の話ですがね

五線紙無いけど使いたい、という時があったら普通のルーズリーフも活用できますよ。第一線、三線、五線があると見なして第二線、四線はソやレが出てきた時だけ加線するんです。一時期インク代エコになるから普及しないかな〜と一人で思っていました。

テレビで音大の話があった時に、五連ボールペンというのを見た気がする。

カレンダーの和名なんじゃろと思ったら、七曜表と言うらしい。なんか無駄にカッコいい。

耳元で声を聴くとときめき易いのなら、嫌いな曲はヘッドホンして聴けば好きになれる、のかな?

ノック式ボールペンをノックしたらそれは嗚呼芯の出た書く方

ギターは割と自然の摂理に従っている様なイメージなので、限られた運指が良いコードに導いてくれる時がある感じがする。

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